女子相撲で圧倒的な強さを見せ、世界大会でも優勝を重ねてきた阿部なな選手。
立ち合いから一気に相手を押し出す力強い相撲が注目されていますが、強さを支えている父親や家族、出身中学、高校について気になっている方も多いのではないでしょうか。
そこで当記事では、阿部ななさんの相撲が強い理由や父親のサポート、家族構成、中学・高校の経歴について紹介します。
・出身中学と高校、進学先を選んだ理由
・身長・体重や世界大会での主な成績
・2026年現在の活動やインスタなどのSNS情報
阿部ななの相撲が強い理由は父親と家族の支えにあった
阿部なな選手の強さを語るうえで欠かせないのが、父親や母親、姉をはじめとする家族の存在です。
自宅の庭に稽古場を作った父親、食事面から支えた母親、そして競技を引退してからも妹を支え続ける姉。
家族がそれぞれの立場から力を尽くしてきたことが、阿部ななさんの成長を後押ししてきました。
父親の大輔さんが自宅の庭に土俵を作った
阿部なな選手の父親は、大輔さんです。
娘たちが自宅でも相撲の稽古に取り組めるように、庭に簡易的な土俵を作ったことで知られています。
畳屋を営む知人から古畳を譲り受け、庭に敷き詰めて稽古できる場所を用意しました。
阿部ななさんが相撲を始めたのは、小学2年生のときです。
2歳年上の姉・さくらさんが出場するわんぱく相撲大会に興味を持ち、自分も参加したことがきっかけでした。
初出場で優勝するほどの才能を見せた娘のために、父親は練習環境を整えていきました。
父親の支えは、稽古場所を用意するだけにとどまりません。
自動車関連の工場を経営する友人から大型車両の廃タイヤを譲り受けるなど、娘たちが力を伸ばせる方法を工夫してきました。
稽古着に「NANA」「SAKURA」と名前を刺繍したエピソードからも、姉妹への思いが伝わります。
230kgの巨大タイヤを使った独自のトレーニング
阿部なな選手のトレーニングで特に知られているのが、大型タイヤを押したり、ひっくり返したりする練習です。
父親が用意したタイヤは、練習を重ねるなかで大型化し、中学時代には約230kgのものを使っていたとされています。
一般的な部活動ではなかなか見られない、迫力のあるトレーニングです。
タイヤを動かすには、腕の力だけでなく、足腰で地面を踏みしめながら全身を連動させる力が必要です。
相手に当たって前へ押し切る阿部ななさんの相撲スタイルとも重なる練習で、強い踏み込みや押す力を鍛えるための工夫だったと考えられます。
阿部ななさんの持ち味は、立ち合いから勢いよく前へ出る押し相撲です。
相手に組まれる前に圧力をかけ、足を止めずに一気に押し切る姿が、試合での強さにつながっています。
庭での地道な練習は、その土台を作る一つの要素になったのでしょう。
また、稽古場が自宅にあれば、道場へ行けない日でも体を動かせます。
実際に新型コロナウイルスの感染拡大で活動が制限された時期にも、自宅の庭などで練習を続けていたとされています。
父親が整えた環境は、阿部ななさんが努力を積み重ねるための大きな支えになりました。
母親の惣子さんは相撲大会で準優勝していた
阿部なな選手を支えてきた母親は、惣子さんです。
相撲に打ち込む娘のために、食事の面でもサポートしてきました。
体づくりが重要な競技では、日々の稽古だけでなく、しっかり食べて体調を整えることも欠かせません。
具材をたっぷり入れたちゃんこ鍋など、家庭での食事も成長を支える役割を担ってきました。
惣子さんには、娘の競技生活を見守るだけではない、印象的なエピソードもあります。
2023年元日に開催された女子相撲日本一決定戦で、母親の部に自ら出場したのです。
相撲の練習はほとんどしていなかったと話しながらも、27人が参加した部門で準優勝を果たしました。
母親が自ら土俵に上がった経験は、阿部なな選手にとっても忘れられない出来事となりました。
普段は応援する側の母親が挑戦する姿を見せたことで、家族で競技に向き合う温かさが伝わるエピソードになっています。
姉のさくらさんは妹を支えるマネージャーに転身
阿部なな選手が相撲を始めるきっかけとなったのは、2歳年上の姉・さくらさんです。
小学生のころ、姉が出場する大会についていったことから相撲との縁が生まれました。
姉妹で競技に取り組んでいた時期もあり、さくらさんは妹にとって身近な目標であり、相撲を始める入口でもありました。
しかし、さくらさんは膝の怪我や手術を経験し、中学卒業後は選手として相撲を続けることが難しくなりました。
競技者としての道を離れた後も、相撲との関わりをなくしたわけではありません。
妹のセコンドやマネージャーとして、試合や練習を支える立場へと役割を変えていきました。
姉のさくらさんは、妹が世界一を目指すうえで心強い存在です。
対戦相手の分析や試合中のサポートだけでなく、精神面でも妹を支えています。
長く一緒に相撲に取り組んできたからこそ、本人の気持ちや性格を理解したうえで支援できるのでしょう。
中学卒業後、阿部ななさんが「強くなるために」と石川県への進学を決めたとき、姉は妹の自立と成長に驚いたと振り返っています。
阿部ななの出身中学は新発田市立紫雲寺中学校
阿部なな選手の出身中学は、新潟県新発田市にある新発田市立紫雲寺中学校です。
地元で相撲の稽古を積みながら、全国大会で優勝を重ねて実力を伸ばしました。
中学時代には世界大会にも初出場し、国内だけでなく海外の選手と戦う経験を積んでいます。
小学2年生で相撲を始めて全国優勝を経験
阿部なな選手が相撲を始めたのは、小学2年生のときです。きっかけは、2歳年上の姉・さくらさんが出場するわんぱく相撲大会でした。
姉の大会についていった阿部なな選手も出場したところ、初めての大会で優勝し、相撲の才能を見せました。
その後、新潟県新発田市の加治川相撲教室で本格的に稽古を始めました。
小学4年生のときには全国大会で初優勝を経験し、世界大会で優勝するという夢を抱くようになったとされています。
幼いころから目標を持って練習に取り組んできたことが、その後の成長につながりました。
中学時代に全国大会で優勝を重ねた
新発田市立紫雲寺中学校に通っていた阿部なな選手は、全国大会で次々と好成績を収めました。
小学校から中学校時代までに全国大会で12回優勝したとされています。
中学生の女子相撲界で実績を積み重ね、将来を期待される選手として注目を集めました。
中学時代には、国内大会だけでなく世界大会への挑戦も始まりました。
2023年の世界ジュニア相撲選手権では、個人重量級で準優勝し、団体戦では優勝を経験しています。
個人戦では悔しさを味わったものの、海外の選手と実際に対戦したことは、次の目標を明確にする経験になりました。
加治川相撲教室で磨いた押し相撲が武器
阿部なな選手の成長を支えた場所の一つが、新潟県新発田市の加治川相撲教室です。
小学2年生から中学時代まで地元で稽古を重ね、相撲の基本や実戦で必要な力を身につけてきました。
幼いころから継続して練習できる環境があったことは、競技力を高めるうえで重要だったと考えられます。
阿部ななさんの大きな持ち味は、立ち合いから相手に圧力をかけて前へ出る押し相撲です。
相手の動きを待つのではなく、自分から踏み込んで一気に勝負を決める取り口が特徴です。
試合では、相手を土俵の外まで押し切る力強い相撲を見せています。
阿部ななの高校は金沢学院大学附属高等学校
阿部なな選手が進学した高校は、石川県金沢市にある金沢学院大学附属高等学校です。
新潟県の地元を離れ、相撲の強化を目指して進学先を選びました。
中学時代に世界大会を経験した阿部ななさんにとって、高校進学は世界一を実現するための大きな転機となりました。
世界一を目指して新潟から石川県へ進学
阿部なな選手は2024年春、新発田市立紫雲寺中学校を卒業し、金沢学院大学附属高等学校へ進学しました。
進学の理由として本人が挙げたのは「強くなるために」という思いです。
慣れ親しんだ新潟を離れて石川県で生活することを、自分の意思で決断しました。
高校進学後は親元を離れ、寮生活を始めています。中学時代までは母親に起こしてもらう生活だったと話しており、新生活では身の回りのことも自分で行う必要がありました。
競技力を高めるだけでなく、生活面でも自立する機会になったといえるでしょう。
高校進学後に世界ジュニア選手権で優勝
阿部なな選手は高校1年生だった2024年、ポーランドで開催された世界ジュニア相撲選手権に出場しました。
個人重量級で決勝まで勝ち進み、ウクライナの選手を押し出して優勝しました。
小学生時代から目標にしてきた世界一を、ついに実現しました。
さらに団体戦でも優勝し、個人と団体の2冠を達成しました。
初めて世界大会に出場した2023年は個人準優勝だったため、翌年に個人タイトルを獲得したことは大きな成長を示す結果です。
高校進学後の努力が、世界の舞台で実を結びました。
2026年8月には大会4冠を達成
高校3年生となった2026年も、阿部なな選手は国内大会で大きな成果を残しました。
2月の白鵬杯では成人の部の女子重量級で優勝し、5月の世界選手権日本代表予選でも女子ジュニア重量級を5戦全勝で制しています。
中学3年時から4年連続で代表権を獲得したとされています。
特に注目されたのが、2026年8月11日に東京・立川で開催された大会での活躍です。
高校個人重量級と高校団体に加え、無差別の相撲女王決定戦、世代混合の最強チーム決定戦でも優勝し、同日に4冠を達成しました。
高校生ながら、社会人や大学生の実力者と競い合って結果を残しています。
大会4冠は、阿部ななさんの実力が高校生の枠を超えて評価されていることを示す成果です。
得意の押し相撲で相手に圧力をかけ、立ち合いから一気に前へ出るスタイルが、大会でも持ち味となりました。
高校卒業を控えた時期にこれほどの実績を残したことで、今後の進路にも注目が集まっています。
2026年10月時点で卒業後の進学先や具体的な進路が正式に決まっていません。
本人は以前、将来について「楽しく相撲をやっていけたらいいな」と話しており、今後の選択が待たれます。
阿部ななの身長や体重などのプロフィール
阿部なな選手は、低い重心から力強く前へ出る押し相撲を得意とする女子相撲選手です。
身長158cm・体重120kgという公表データ
阿部なな選手の身長は158cmとされ、体重については2022年4月の国際女子相撲選抜大会出場時に120kgという記録があります。
体重別の大会では重量級に出場しており、無差別級でも実力を発揮しています。
女子相撲では体重による階級分けがあり、階級に応じた戦い方も重要になります。
体格だけを見ると、身長の高い海外選手と対戦する際には不利に感じられることもあるかもしれません。
しかし、阿部なな選手は低い姿勢から前へ出て、相手に十分な体勢を作らせる前に押し切る相撲を得意としています。
身長差だけでは測れない強さを、試合結果で示してきました。
なお、120kgという体重は2022年の大会時点のデータです。
現在の体重を示す新しい公式記録が確認できない場合、最新の数値として断定することはできません。
プロフィールを確認する際は、記録された時期も合わせて見ることが大切です。
得意技は立ち合いから一気に押し切る相撲
阿部なな選手の代名詞は、立ち合いから鋭く踏み込み、相手を一気に土俵外へ押し出す相撲です。
試合では相手に組まれる前に圧力をかけ、足を止めずに前進する取り口が目立ちます。
短い時間で勝負を決めることもあり、その迫力が観客の注目を集めています。
こうした相撲を支えているのが、低い姿勢と強い踏み込みです。相手の動きに合わせるだけでなく、自分から勝負を仕掛けて主導権を握ることが重要になります。
父親が用意したタイヤを使うトレーニングや、道場で積み重ねた稽古も、前へ出る力を磨く環境の一つだったと考えられます。
阿部なな選手は高校女子相撲の大会でも、相手の動きを見ながら落ち着いて対応できたと振り返っています。
得意な押し相撲を軸にしながら、さまざまな相手に対応する力も身につけてきました。
阿部ななの世界大会の成績と現在の状況
阿部なな選手は2023年に世界ジュニア相撲選手権へ初出場し、個人準優勝と団体優勝を経験しました。
その後、2024年と2025年には個人優勝を達成し、世界ジュニア個人2連覇を果たしています。
2026年は3連覇を目指していましたが、大会直前の怪我により個人戦を欠場しました。
2023年の初出場では個人準優勝・団体優勝
阿部なな選手が初めて世界ジュニア相撲選手権に出場したのは、2023年です。
東京・立川で開催された大会で個人重量級の決勝まで進みましたが、惜しくも敗れて準優勝となりました。
一方、団体戦では大将を務めて優勝し、世界大会の舞台で金メダルを獲得しています。
個人戦で優勝を逃したことは、本人にとって悔しい経験だったとされています。
海外の選手と実際に戦ったことで、体格の違いや試合展開への対応など、次に向けて取り組むべき課題も見えてきました。
世界一を目指していた阿部ななさんにとって、初出場は大きな経験になりました。
2024年と2025年に世界ジュニア個人優勝
2024年の世界ジュニア相撲選手権では、阿部なな選手が個人重量級で優勝しました。
開催地はポーランドのクロトシンで、決勝ではウクライナの選手を押し出して勝利しています。
団体戦でも優勝し、個人と団体の2冠を達成しました。
さらに2025年の大会では、個人無差別級で優勝し、世界ジュニア個人2連覇を達成しました。
団体戦でも日本チームの優勝に貢献し、日本女子団体の連覇記録を支えています。
階級を超えた対戦でも結果を残したことは、阿部ななさんの成長を示す実績です。
2026年は怪我で世界ジュニア選手権の個人戦を欠場
2026年の世界ジュニア相撲選手権で、阿部なな選手は個人3連覇を目指して日本代表として現地入りしました。
しかし、大会直前の怪我により、個人戦を欠場することになりました。
団体戦でも先鋒としての出場を予定していたものの、控え選手へ交代したとされています。
3年連続の個人優勝を目指して準備を重ねていただけに、本人にとって残念な結果だったと考えられます。
阿部なな選手は高校3年生で、卒業後の進路にも注目が集まる時期です。
怪我からの復帰と進路の両方が気になるところですが、進学先や復帰時期について確定した情報は確認できていません。
本人や所属先から発表される情報を待ちたいところです。
高校卒業後の進路は決まっている?
阿部なな選手は2026年10月時点で金沢学院大学附属高等学校の3年生です。
高校卒業後は、大学で相撲を続けるのか、別の進路を選ぶのかに関心が集まっています。
ただし、現時点で進学先や将来の所属先が正式に決まったという情報は、提示された内容からは確認できません。
女子相撲では、競技を続ける環境や卒業後の選択肢が注目されることがあります。
阿部なな選手のように世界大会で優勝し、国内でも社会人や大学生の選手と競い合う実力を持つ選手にとって、競技を続けるための環境は重要なテーマです。
本人は2026年8月の大会後、将来について「楽しく相撲をやっていけたらいいな」と話していました。
世界大会での優勝や大会4冠を達成してきた阿部なな選手が、どのような道を選ぶのか、公式発表や所属先の情報に注目していきましょう。
阿部ななの父親・家族・中学・高校についてまとめ
当記事では、阿部なな選手の父親や家族、中学・高校、相撲の成績について紹介しました。
父親の大輔さんは自宅の庭に稽古場を作り、大型タイヤを使ったトレーニング環境も用意してきました。
母親の惣子さんは食事や精神面で支え、姉のさくらさんは選手を引退した後もマネージャーやセコンドとして妹を応援しています。
阿部なな選手の出身中学は新発田市立紫雲寺中学校で、小学2年生から相撲を始め、地元の加治川相撲教室で力を磨きました。
高校は石川県の金沢学院大学附属高等学校で、世界一を目指して親元を離れる決断をしています。
2024年と2025年には世界ジュニア選手権の個人優勝を果たし、2年連続で世界一に輝きました。
2026年8月には大会4冠を達成する一方、同年10月の世界ジュニア選手権では怪我のため個人戦を欠場しました。
阿部なな選手の強さは、本人の努力に加えて、家族や指導者、練習仲間の支えによって育まれてきました。
今後は怪我からの回復や新たな進路にも注目が集まります。
公式発表を確認しながら、世界の舞台で活躍してきた阿部ななさんの次の挑戦を応援していきましょう。


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