徳山博貴(とくやま・ひろき)選手は、高校時代に男子3000m障害でインターハイ優勝を果たし、陸上界で注目を集めた長距離ランナーです。
徳山博貴選手について、「出身中学や高校はどこ?」「中学時代から陸上をしていたの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
実は、中学時代は陸上部ではなくサッカー部に所属しており、高校から本格的に陸上競技を始めたという異色の経歴を持っています。
そこで当記事では、徳山博貴選手の中学・高校の出身校をはじめ、学生時代の部活動や陸上競技を始めた経緯、高校時代に全国王者へと成長した背景を紹介します。
・中学時代のサッカー部での経験
・高校から陸上競技を本格的に始めた理由
・市立西宮高校で全国優勝を達成するまでの歩み
徳山博貴の中学・高校はどこ?出身校を紹介
徳山博貴選手の出身中学は川西市立南ひばりガ丘中学校、高校は兵庫県の市立西宮高校です。
中学時代はサッカー部に所属しており、陸上競技に本格的に取り組み始めたのは高校入学後でした。
まずは出身校と中学時代の活動を詳しく見ていきます。
出身中学は川西市立南ひばりガ丘中学校
徳山博貴選手の出身中学校は、兵庫県にある川西市立南ひばりガ丘中学校です。
中学校ではサッカー部に所属し、陸上競技とは異なるスポーツに打ち込んでいました。
中学時代の詳しいサッカーのポジションや大会成績については、確認できる情報が限られています。
ただ、徳山選手は高校入学後に陸上競技を本格的に始め、3000m障害で日本一になっています。
中学時代に培った体力や運動能力が、その後の競技生活を支える土台になった可能性があります。
出身高校は市立西宮高校!文武両道の進学校
徳山博貴選手の出身高校は、兵庫県西宮市にある市立西宮高校です。
学業と部活動の両立を目指す進学校として知られ、徳山選手は高校生活の中で陸上競技の実力を大きく伸ばしました。
全国的な実績を持つ強豪校で競技を始めたというよりも、学校の陸上部で経験を積みながらトップレベルへ成長した選手です。
市立西宮高校の陸上競技部では、朝練習を中心とした活動に加え、勉強会などにも取り組んでいました。
また、校外のごみを拾いながら走る「ゴミ拾いジョグ」も特徴的な活動のひとつです。
競技力だけでなく、周囲への感謝やチームで取り組む姿勢を大切にする環境が、徳山選手の高校生活を支えていたと考えられます。
徳山博貴が高校で陸上を始めた理由と成長の軌跡
徳山博貴選手は、市立西宮高校への進学をきっかけに陸上競技へ本格的に取り組み始めました。
中学時代はサッカー部だった徳山選手ですが、高校では長距離走の才能を伸ばし、顧問の助言を受けて3000m障害にも挑戦します。
高校入学後に陸上競技を本格的にスタート
徳山博貴選手が陸上競技に本格的に取り組み始めたのは、市立西宮高校に入学してからです。
中学時代はサッカー部に所属していたため、陸上競技の専門的な練習を長年積み重ねてきた選手とは異なる経歴を持っています。
高校入学後に競技を始め、短期間で全国トップクラスへ成長した点が大きな特徴です。
高校1年時には兵庫県高校駅伝に出場し、4区で4位に入りました。
高校2年時には兵庫県高校新人大会の5000mで15分10秒06を記録して2位となり、長距離種目でも着実に力を伸ばしています。
駅伝への出場経験を重ねながら、トラック競技でも実績を積み上げていきました。
水門賢治先生の助言で3000m障害に挑戦
徳山博貴選手が3000m障害に取り組むきっかけとなったのは、市立西宮高校の顧問である水門賢治先生の助言でした。
水門先生は、練習中に徳山選手が障害物へ向かっていく動きのよさに注目し、この種目を勧めたとされています。
本人は当初、3000m障害への挑戦に乗り気ではなかったそうです。
3000m障害は、通常の長距離走とは違い、コース上に設置されたハードルや水濠を越えながら走る種目です。
一定のスピードを保つ持久力に加え、障害を越える技術やレース中の状況判断も求められます。
徳山選手は練習を重ねるうちに、ハードルや水濠をクリアする楽しさを感じるようになりました。
そして高校3年時、2025年のインターハイ男子3000m障害で8分53秒04を記録し、見事に優勝を果たしました。
指導者が見抜いた適性と、本人が種目の魅力を見つけて努力を続けたことが、全国制覇につながったといえるでしょう。
ゴミ拾いジョグなど市立西宮高校独自の取り組み
市立西宮高校の陸上競技部では、競技の練習だけでなく、日々の生活や仲間とのつながりも大切にしていました。
特徴的な活動のひとつが、走りながら校外のごみを拾う「ゴミ拾いジョグ」です。
走力を高めるだけでなく、地域への感謝や環境美化を意識する機会にもなっていました。
また、同校は学業にも力を入れる進学校です。陸上部では朝練習を中心に活動し、放課後には勉強会なども行っていました。
練習時間を工夫しながら、学習と競技の両立を目指す環境が整えられていたことが、徳山選手の高校生活を考えるうえで重要です。
2025年のインターハイでは、徳山選手だけでなく、同校の競歩選手たちも入賞を果たしました。
仲間の活躍が大きな刺激となり、徳山選手自身もチームの支えを感じながら決勝に臨んだと振り返っています。
徳山博貴はインターハイ3000m障害で優勝!
徳山博貴選手は、2025年7月28日に行われた広島インターハイの男子3000m障害で優勝しました。
記録は8分53秒04で、自己ベストを更新する走りでした。
市立西宮高校にとって初のインターハイ優勝となり、兵庫県勢にとっても同種目で37年ぶりの優勝という快挙でした。
2025年インターハイで8分53秒04を記録
徳山博貴選手が全国の注目を集めたのは、2025年の広島インターハイ男子3000m障害です。
決勝で8分53秒04をマークし、自己ベストを更新して優勝しました。
高校3年生で全国大会の頂点に立ち、市立西宮高校の陸上競技部にとって初となるインターハイタイトルを獲得しています。
この優勝は、兵庫県の陸上界にとっても大きな意味を持つ結果でした。
男子3000m障害で兵庫県勢がインターハイを制するのは、1988年の報徳学園・村松明彦さん以来、37年ぶりとされています。
強豪校の選手が集まる全国大会で、公立高校の選手が優勝したことも注目を集めました。
レースでは、最初の1000mを2分59秒、2000mを6分01秒で通過しました。
終盤まで厳しい展開が続くなか、徳山選手は最後まで勝負を諦めず、ラストスパートで先頭を奪います。
8分53秒04という記録と全国優勝は、徳山選手が高校時代に積み重ねた努力の大きな成果となりました。
近畿大会の悔しさをバネに残り30mで逆転
インターハイ優勝の背景には、近畿大会で味わった悔しさがありました。
徳山博貴選手は近畿大会の3000m障害で、洛南高校の前田結人選手にスパートで敗れています。
全国大会では優勝を目標にしていたものの、本人は心のどこかで1位を取れないかもしれないという不安も感じていたと振り返っています。
インターハイ決勝でも、レース終盤には厳しい場面がありました。
徳山選手は残り300m付近で一度引き離されましたが、水濠を越えながら追い上げ、最後まで前を追い続けます。
近畿大会で敗れた悔しさが、勝負どころで諦めない気持ちにつながったのでしょう。
そして、ゴールまで残り30mという場面でスパートをかけ、逆転で優勝をつかみました。
レース後には、近畿大会での敗戦を踏まえて「やり返したい」という思いがあったと語っています。
仲間や恩師への感謝が全国制覇につながった
徳山博貴選手は、インターハイ優勝後のコメントで、チームメイトや先生、家族など周囲の支えに感謝を示しています。
最後のスパートについても、自分ひとりの力だけではなく、多くの人の応援や支えが重なった結果だと振り返りました。
優勝を周囲の人たちと分かち合いたいという姿勢も印象的です。
決勝の前には、市立西宮高校の競歩選手たちが相次いで入賞を果たしていました。
仲間の活躍は徳山選手にとって大きな後押しとなり、チーム全体で全国の舞台に挑んでいるという気持ちを強めたようです。
個人種目であっても、チームの存在が精神面を支えていたことが伝わります。
2025年9月には、西宮市役所で市長や教育長への表敬訪問も行いました。
その際、徳山選手は自身の成長について、顧問や先輩、周囲の人々の支えがあったからこそだと感謝を伝えています。
徳山博貴の5000m記録は?高校時代からの成長
徳山博貴選手は3000m障害だけでなく、5000mでも着実に記録を伸ばしています。
高校時代の5000m自己ベストは14分30秒04
徳山博貴選手は高校時代から、3000m障害に加えて5000mでも実力を発揮していました。
高校2年時の兵庫県高校新人大会では、5000mで15分10秒06を記録して2位に入っています。
その後も駅伝やトラック競技への出場を重ね、長距離種目の経験を積み上げました。
高校時代の5000m自己ベストは14分30秒04です。
5000mは、スピードを維持しながら長い距離を走り続ける持久力が求められる種目です。
3000m障害で必要となるスタミナに加え、レース終盤にペースを上げる力も、長距離種目での強みになっていると考えられます。
高校時代には兵庫県高校駅伝や近畿地区高校駅伝などにも出場し、駅伝経験も重ねてきました。
トラック競技とロードレースの両方に取り組んできたことは、大学での競技生活にもつながる経験です。
中央大学進学後に14分14秒98へ記録を更新
徳山博貴選手は2026年に中央大学へ進学し、大学の陸上競技部で長距離種目に取り組んでいます。
大学進学後もトラック競技で記録を伸ばし、2026年5月のゴールデンゲームズinのべおかでは5000mで14分19秒54を記録しました。
その後も調子を上げ、自己ベストの更新につなげています。
2026年9月27日に行われた第332回日体大長距離競技会では、5000mで14分14秒98をマークしました。
高校時代の自己ベスト14分30秒04から約15秒短縮した記録です。
大学の練習環境で経験を積みながら、長距離ランナーとして着実にステップアップしていることがわかります。
3000m障害や10000mでも実力を発揮
徳山博貴選手は5000mだけでなく、専門種目の3000m障害や10000mでも競技経験を重ねています。
2026年5月の関東インカレでは、男子1部の3000m障害決勝に進出し、8分54秒15で12位となりました。
高校時代にインターハイを制した種目で、大学でも全国レベルの選手たちと競い合っています。
また、2026年7月の関東学生網走夏季記録挑戦競技会では、10000mで30分08秒56を記録しました。
3000m障害ではハードルや水濠を越える技術が必要ですが、5000mや10000mでは一定のペースを維持する持久力が重要です。
複数の距離に取り組むことで、競技者としての幅を広げています。
2026年7月には3000mでも8分07秒80を記録しており、スピードと持久力の両面で成長が見られます。
大学での実績はまだ積み重ねている段階ですが、高校時代からの記録更新は注目したいポイントです。
3000m障害を軸にしながら5000mや10000mでも力を伸ばしていることが、徳山選手の今後の可能性を広げています。
徳山博貴は中央大学で何を目指す?箱根駅伝への期待
徳山博貴選手は2026年4月に中央大学法学部へ進学し、陸上競技部の長距離ブロックで競技を続けています。
大学では3000m障害の日本代表入りと箱根駅伝での活躍を目標に掲げています。
中央大学法学部に進学し長距離ブロックで活躍
徳山博貴選手は2026年春、中央大学法学部に進学しました。
高校時代に3000m障害でインターハイ優勝を果たした実績を持ち、大学でも長距離ブロックの選手として競技に取り組んでいます。
大学陸上では高校時代とは異なるレベルの競争が待っていますが、入学後からトラック競技や駅伝で経験を積んでいます。
大学1年目の2026年には、関東インカレの3000m障害で決勝に進出しました。
5000mでも14分14秒98まで記録を伸ばし、10000mでは30分08秒56をマークしています。
複数の距離で結果を残していることから、専門種目だけでなく長距離全般で実力を高めていることがわかります。
徳山選手は大学4年間の目標として、3000m障害で日本代表になることや、箱根駅伝で区間新記録を樹立することを掲げています。
男鹿駅伝で見せた粘り強い走り
徳山博貴選手は2026年6月27日の男鹿駅伝にも出場しました。
担当したのは9.2kmの4区で、記録は27分16秒。
区間順位は4位で、チームのタスキを1位でつなぎました。大学入学後の駅伝経験として、チームの流れを支える走りを見せた大会です。
駅伝では個人のタイムだけでなく、前後の区間とのつながりや、チーム全体の順位を意識した走りが重要になります。
担当区間で安定した走りを見せ、先頭でタスキをつないだことは、徳山選手にとって貴重な経験になったと考えられます。
トラック競技とは異なる駅伝の緊張感を経験したことも、今後の成長につながるでしょう。
箱根駅伝9区と3000m障害の日本代表を目指す
徳山博貴選手は、大学4年間で3000m障害の日本代表になることと、箱根駅伝で区間新記録を樹立することを目標にしています。
高校時代に全国制覇を果たした専門種目でさらに上を目指す一方、大学駅伝でも結果を残したいという意欲を示しています。
異なる舞台で目標を掲げている点が特徴です。
箱根駅伝については、1年目に特に9区を走りたいという希望も語っています。
9区は復路の重要な区間で、安定したペース配分や終盤まで粘る力が求められます。
5000mや10000mの記録を伸ばし、駅伝での経験を積むことが、希望区間で走るための力につながっていくでしょう。
高校時代の全国王者が、中央大学でどのような成長を見せるのか、今後の走りに期待が高まります。
まとめ|徳山博貴は中学時代の経験を糧に大学陸上へ
当記事では、徳山博貴選手の中学・高校の出身校や、陸上競技を始めてから全国優勝を果たすまでの歩みについて紹介しました。
出身中学は川西市立南ひばりガ丘中学校、出身高校は市立西宮高校です。中学時代はサッカー部に所属し、高校入学後に陸上競技へ本格的に取り組み始めました。
高校では水門賢治先生の助言をきっかけに3000m障害に挑戦し、2025年のインターハイで8分53秒04を記録して優勝しました。
近畿大会での悔しさをバネに、残り30mで逆転したレースは、徳山選手の勝負強さを象徴する場面です。仲間や恩師への感謝も、競技生活を支える大切な要素となっています。
中央大学進学後は、5000mで14分14秒98まで自己ベストを更新し、3000m障害や10000mでも経験を重ねています。
箱根駅伝での活躍と3000m障害での日本代表入りという目標に向け、大学での挑戦は続いていきます。
サッカー部出身から全国王者へ成長した徳山博貴選手が、中央大学でどこまで飛躍するのか、これからの活躍にも注目していきましょう。


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