東洋大学の長距離ランナーとして箱根駅伝に出場した内堀勇(うちぼり・ゆう)選手。
陸上競技で活躍する姿に注目が集まる一方、「兄はどんな人?」「家族構成は?」「出身中学や高校はどこ?」と気になっている人も多いのではないでしょうか。
内堀勇選手は、山梨県甲府市立城南中学校から山梨県立巨摩高校へ進み、高校時代には駅伝で優れた成績を残しました。
1歳年上の兄・内堀柊さんも陸上に取り組んでおり、兄弟ならではのエピソードも知られています。
そこで当記事では、内堀勇選手の兄や家族構成、中学・高校時代の陸上成績、東洋大学での活躍について紹介します。
・兄弟と父親にまつわるシューズのエピソード
・出身中学・巨摩高校時代の陸上成績
・東洋大学での箱根駅伝出場歴と今後の注目点
内堀勇の兄は内堀柊!家族構成や兄弟の絆を紹介
内堀勇選手には、1歳年上の兄・内堀柊さんがいます。
兄弟はともに陸上競技に取り組み、山梨県立巨摩高校時代には同じ陸上部で切磋琢磨していました。
家族の支えも、内堀勇選手の競技人生を語るうえで欠かせない要素です。
兄・内堀柊の出身高校や大学は?
内堀勇選手の兄は、1歳年上の内堀柊さんです。
柊さんも長距離走に取り組んでおり、弟の勇選手と同じ山梨県立巨摩高校の陸上部で活動していました。
兄弟が同じ競技に打ち込んでいたことは、互いに刺激を受けながら成長できる環境だったと考えられます。
兄の柊さんは巨摩高校卒業後、中央学院大学へ進学したとされています。
弟の勇選手が東洋大学へ進んだため、大学では別々の道を歩むことになりました。
それでも、兄弟が高校時代に同じチームで練習や大会を経験したことは、2人の関係を知るうえで注目したい点です。
高校時代の兄弟は、単に同じ陸上部に所属していただけではありません。
2021年の山梨県高校新人陸上競技大会では、男子5000mで勇選手が優勝し、柊さんが2位に入りました。
兄弟で上位を独占した結果からも、2人が高い競技力を持っていたことがわかります。
なお、柊さんの大学卒業後の詳しい進路や現在の活動については、確認できる情報が限られています。
学生市民ランナーとして走っていると紹介されることもありますが、最新の大会出場状況などは公式記録で確認する必要があります。
父・昭がシューズを届けた兄弟の感動エピソード
内堀勇選手の家族を語るうえで印象的なのが、中学時代の全国都道府県対抗男子駅伝で起きたシューズのエピソードです。
2020年の大会では、弟の勇選手と兄の柊さんが、それぞれ別の区間を走ることになりました。
当時、2人は足のサイズが同じだったため、父親が購入した1足の厚底シューズを共有したとされています。
シューズを先に履いたのは、2区を担当した勇選手です。
勇選手が走り終えると、父・昭さんはシューズを受け取り、兄の柊さんが待つ中継所へ届けるために走りました。
交通規制があるなかで、父親自身が走って運ぶ方法を選んだというエピソードは、家族の協力を象徴しています。
当時の厚底シューズは約3万円と高価で、父親は兄弟のために1足を購入したと伝えられています。
1人ずつ別のシューズを用意するのではなく、兄弟で大切に使い、父親が区間の間をつないだ点が、この出来事の特徴です。
駅伝のタスキだけでなく、シューズも家族の手によって受け渡されました。
このエピソードからは、陸上競技に取り組む兄弟を家族が身近で支えていた様子が伝わります。
内堀勇の家族は陸上を支えるランニング一家?
内堀勇選手の家族については、父・昭さんが市民ランナーとして走っていることが紹介されています。
父親自身がランニングに親しんでいたことは、勇選手や柊さんが陸上競技を続ける環境にもつながっていたと考えられます。
競技経験のある家族が身近にいると、練習や大会への理解を得やすい面もあります。
父・昭さんの存在が特に印象に残るのは、全国都道府県対抗男子駅伝でシューズを届けた出来事です。
大会当日の交通規制を踏まえて自ら走って運んだ行動からは、父親が兄弟の競技を具体的に支えていたことがわかります。
単に応援するだけでなく、必要なものを届けるために動いた点が心に残りますね。
母親や妹についても家族として応援していると紹介されていますが、名前や詳しいプロフィールなど、個別の情報は多くありません。
内堀勇選手の競技人生には、兄弟で陸上に取り組んだ経験や父親のサポートが関わっています。
箱根駅伝での走りを見る際にも、家族とのつながりを知っていると応援する楽しみが広がりますよね。
内堀勇の出身中学は甲府市立城南中学校!
内堀勇選手の出身中学は、山梨県甲府市立城南中学校です。
中学時代から長距離走の才能を発揮し、全国規模の駅伝大会にも出場しました。
中学3年時には5000mで当時の山梨県中学最高記録を樹立しており、高校進学前から注目される選手だったことがわかります。
中学時代から全国大会で活躍
内堀勇選手は甲府市立城南中学校時代から、駅伝や長距離走の大会で経験を積んできました。
中学2年時には全国中学校駅伝の1区を担当し、3kmを9分20秒で走って区間8位を記録しました。
2020年1月の全国都道府県対抗男子駅伝にも、山梨県代表として出場しました。
勇選手は2区の3kmを担当し、8分46秒で区間24位という結果を残しています。
全国大会で異なる形式の駅伝を経験したことは、集団で走る力や大会の雰囲気に慣れる機会になったと考えられます。
全国大会では、各地域の代表選手と競いながら、自分の走りを試すことができます。
早い段階で大きな大会を経験したことは、高校進学後に駅伝の主要区間を任される選手へ成長するうえでも、貴重な経験になったはずです。
山梨県中学最高記録を樹立した5000m
内堀勇選手は中学3年時の2021年3月、平成国際大学長距離競技会の5000mで15分10秒13を記録しました。
このタイムは、当時の山梨県中学最高記録として紹介されています。
中学生で5000mを15分10秒台で走ったことからも、長距離種目で高い力を持っていたことがうかがえます。
中学時代は、全国中学校駅伝や全国都道府県対抗男子駅伝で経験を積んだ時期でもあります。
駅伝では決められた距離を走り、チームの順位や流れを意識する必要があります。
一方、トラックの5000mでは、一定のペースを保ちながら最後まで走り切る力が求められます。
両方の競技経験が、選手としての土台を築いたと考えられます。
トレイルランの経験が箱根駅伝6区につながった?
内堀勇選手は中学時代、陸上競技だけでなく、山道を走るトレイルランにも取り組んでいたとされています。
本人は下り坂が得意だと語っており、箱根駅伝の6区を希望する理由にも、山道を走った経験が関係しています。
平坦なトラックとは異なる環境で走っていたことが、競技上の特徴のひとつになっています。
箱根駅伝の6区は、山を下るコースとして知られる区間です。
スピードを出すだけでなく、急な下り坂でのバランスや足への負担を考えながら走る必要があります。
下り坂を苦手とする選手もいるなか、内堀勇選手は中学時代の経験を背景に、6区への挑戦を希望してきました。
高校時代の駅伝でも、下りが続く区間で後続との差を広げた経験があったと紹介されています。
本人にとって、下り坂は単なる難所ではなく、自分の力を発揮できる場面だったのでしょう。こうした経験が、東洋大学入学後も6区を走りたいという目標につながったと考えられます。
内堀勇は巨摩高校で駅伝1区3年連続区間賞!
内堀勇選手は、山梨県立巨摩高校で陸上競技に取り組み、高校駅伝で優れた成績を残しました。
特に注目されるのが、山梨県高校駅伝の1区で高校1年から3年まで3年連続で区間賞を獲得したことです。
巨摩高校で兄弟が陸上部のチームメイトに
内堀勇選手が進学したのは、山梨県立巨摩高校です。
1歳年上の兄・柊さんも同校の陸上部に所属していたため、兄弟は高校時代に同じチームで競技に取り組みました。
家族で陸上に関わるだけでなく、学校でも練習や大会を通して互いの走りを身近に感じられる環境だったといえます。
高校1年時の2021年9月、山梨県高校新人陸上競技大会の男子5000mでは、勇選手が15分42秒43で優勝しました。
2位には兄の柊さんが15分48秒20で入り、兄弟でワンツーフィニッシュを達成しています。
学年が上の兄を弟が抑えて優勝した結果は、勇選手の実力を示す出来事となりました。
このレースでは、勇選手が後ろを走る兄に「ここでつかなきゃ 2番じゃないぞ」と声をかけたと紹介されています。
競争相手でありながら、互いの力を引き出そうとする姿勢が印象的です。
家族だからこそ遠慮なく声をかけられる関係性も、兄弟で競技を続けてきた強みのひとつだったのかもしれません。
高校時代の自己ベストや主な陸上成績
内堀勇選手は巨摩高校時代、駅伝とトラック競技の両方で成績を残しました。
山梨県高校駅伝では1区を担当し、高校1年時に30分00秒、高校2年時に29分28秒、高校3年時に29分48秒で区間賞を獲得しています。
3年連続で同じ区間の区間賞を取ったことは、高校時代の代表的な実績です。
トラック競技でも成長を続け、2023年6月の日体大長距離競技会では5000mで13分57秒80を記録しました。
高校生で13分台に到達したことは、長距離ランナーとしての力を示す重要な成果です。
同年の関東高校陸上南関東ブロック大会では5000mで2位となり、全国高校総体への出場を決めました。
2023年8月の全国高校総体では、男子5000m決勝で14分14秒40を記録して16位となりました。
全国の強豪選手と競い合う経験を積み、同年10月の山梨県高校駅伝でも1区区間賞を獲得しています。
高校最後の時期まで駅伝とトラック競技の両方に取り組み、安定した成績を残しました。
内堀勇は東洋大学で箱根駅伝に出場!
内堀勇選手は2024年に東洋大学へ進学し、大学駅伝の舞台で経験を積んできました。
箱根駅伝では大学1年時に7区、2年時には希望していた6区に出場しています。
特に山下りの6区は、中学時代のトレイルラン経験から本人が強い希望を持っていた区間です。
中学・高校時代から積み重ねてきた長距離の経験を、大学駅伝でどのように生かしているのかを見ていきましょう。
東洋大学入学後の陸上成績とプロフィール
内堀勇選手は2024年4月に東洋大学へ入学し、総合情報学部に所属しています。
2005年11月26日生まれで、山梨県甲府市出身です。
城南中学校から巨摩高校へ進み、長距離走の実績を積み重ねてきた選手として、大学でも駅伝やトラック競技に取り組んでいます。
大学入学後は、関東インカレの10000mなどトラック競技に出場したほか、駅伝メンバーとしても経験を重ねました。
2025年の出雲駅伝では2区を担当し、16分42秒で区間9位を記録しています。
大学駅伝の主要大会で走る機会を得ながら、長い距離への対応力を磨いてきました。
自己ベストでは、5000mの13分57秒80に加え、10000mでも28分台の記録を持っています。
トラックの記録は、スピードと持久力の両方を確認する目安になります。
駅伝ではチーム内の役割や区間の特徴も重要になるため、個人記録だけでなく、各大会でどのような走りを見せるかにも注目したいところです。
箱根駅伝7区から念願の6区出走へ
内堀勇選手は大学1年時の第101回箱根駅伝で、7区を走りました。
当初は6区の控えとしてエントリーされていましたが、大会前の当日変更で7区に出場し、21.3kmを1時間04分16秒で走って区間12位となりました。
東洋大学は総合10位でシード権を獲得しており、勇選手もチームの一員として箱根路を経験しました。
大学2年時の第102回箱根駅伝では、本人が希望していた6区に出場しました。
6区は箱根の山を下る区間で、下り坂への適性が求められます。
勇選手は20.8kmを59分11秒で走り、区間14位という結果を残しました。
念願の区間を任されたことは、本人にとって大きな節目だったといえるでしょう。
6区を希望していた背景には、中学時代のトレイルランや高校時代の駅伝で下り坂を走った経験があります。
本人は下り坂が得意だと語っており、大学でも山下りの区間に挑戦したいという目標を持っていました。
実際に箱根駅伝で6区を走ったことで、長年の希望を大舞台で実現しました。
内堀勇が目指す山下りの記録と今後の注目点
内堀勇選手は、箱根駅伝の6区で東洋大学の記録を目指したいと語っています。
目標として挙げていたのは、東洋大学OBの今西駿介さんが2020年に記録した57分34秒です。
下り坂を得意とする本人にとって、大学の先輩が残した記録は大きな目標のひとつとなっています。
ただし、箱根駅伝の6区は、下り坂を速く走るだけで好記録につながる区間ではありません。
路面や気象条件、当日のコンディションなども走りに影響します。
過去の記録を目標に掲げることは大切ですが、実際に記録を更新するには、日々の練習と本番での対応力が求められます。
今後の注目点は、箱根駅伝で再び6区を任されるのか、そして自己記録や区間順位をどこまで伸ばせるのかという点です。
現時点で将来の進路や記録更新を断定することはできませんが、中学・高校時代から積み上げた実績を考えると、大学でのさらなる成長が楽しみな選手です。
内堀勇の兄や家族・中学・高校についてまとめ
当記事では、内堀勇選手の兄や家族、中学・高校時代の経歴、東洋大学での箱根駅伝出場について紹介しました。
内堀勇選手の兄は1歳年上の内堀柊さんで、2人は巨摩高校の陸上部で切磋琢磨していました。
中学時代には父・昭さんが兄弟のために厚底シューズを届けたエピソードがあり、家族が競技を支えてきた様子が伝わります。
出身中学は甲府市立城南中学校で、中学3年時には5000mで当時の山梨県中学最高記録を樹立しました。
巨摩高校では山梨県高校駅伝の1区で3年連続区間賞を獲得し、5000mでも13分57秒80を記録しています。
東洋大学進学後は、第101回箱根駅伝で7区、第102回箱根駅伝で念願の6区を走りました。
中学時代のトレイルラン経験を生かし、山下りでのさらなる成長を目指しています。
兄弟の絆や家族の支え、中学・高校時代からの努力を知ると、内堀勇選手の走りをより深く楽しめます。
これからの大学駅伝でも、得意の下り坂を武器にどのような走りを見せるのか、引き続き注目していきましょう。


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