駒澤大学の長距離ランナーとして活躍する安原海晴選手。
箱根駅伝や全日本大学駅伝での走りが注目される一方、兄の安原太陽選手との関係や、母親がどのような人なのか気になっている方も多いのではないでしょうか。
そこで当記事では、安原海晴選手の兄や母親の人物像、出身中学や高校、大学駅伝での成績について紹介します。
転倒によるアクシデントや自己ベスト記録、出雲駅伝との関わりも整理するので、安原海晴選手のこれまでの歩みを知りたい方はぜひ最後までご覧ください。
・母親の安原かおりさんと父親にまつわるエピソード
・兄・安原太陽選手との関係や箱根駅伝の兄弟給水
・自己ベスト記録や駅伝成績、転倒アクシデントの詳細
安原海晴の出身中学は船岡中学校!高校や大学も紹介
安原海晴選手の出身中学は、滋賀県東近江市にある東近江市立船岡中学校です。
中学1年生の頃から1500mで優れた成績を残し、高校では滋賀学園高校、大学では駒澤大学へと進みました。
出身中学は東近江市立船岡中学校
安原海晴選手は滋賀県東近江市の出身で、東近江市立船岡中学校に通っていました。
陸上競技では中学1年生の頃から頭角を現し、1500mを中心に県内の大会で目覚ましい成績を残しています。
2017年の滋賀県中学校総合体育大会では、1年生男子1500mに出場しました。
春季大会で4分31秒09、夏季大会で4分23秒20、秋季大会で4分20秒01を記録し、3大会すべてで1年生大会新記録を樹立して優勝しています。
中学入学直後から高い走力を備えていたことがわかります。
中学時代の安原海晴選手は、トラック競技だけでなく駅伝でも存在感を示していました。
2017年の近畿中学校陸上競技大会では1年生男子1500mで優勝し、滋賀県中学校駅伝大会では1区を担当して区間新記録を樹立しました。
また、2019年には滋賀県代表として全国都道府県対抗男子駅伝に出場し、中学2年生で6区を担当しています。
滋賀学園高校で全国高校駅伝に3年連続出場
中学卒業後、安原海晴選手は滋賀県の滋賀学園高校へ進学しました。
高校では全国高校駅伝、通称「都大路」に3年連続で出場し、全国の強豪校と競いながら長距離ランナーとして成長しています。
1年生だった2020年は7区を走り、5kmを14分37秒で駆け抜けて区間7位となりました。
2年生の2021年と3年生の2022年は、いずれも3区を担当し、それぞれ24分04秒、24分07秒を記録しています。
高校時代の大きな実績は、5000mで滋賀県高校新記録を樹立したことです。
2022年7月のホクレン・ディスタンスチャレンジ網走大会で13分59秒02をマークし、13分台に突入しました。
さらに、同年12月の世界クロスカントリー選手権U20日本代表選考会では13分56秒45で4着に入り、日本代表に選出されています。
駒澤大学で大学駅伝の主力へ成長
安原海晴選手は2023年4月に駒澤大学へ進学し、経済学部商学科で学びながら陸上競技に取り組んできました。
3歳上の兄・安原太陽選手も駒澤大学で競技に励んでおり、兄の背中を追いながら大学生活をスタートさせています。
大学1年生の時期は基礎的な走力やスピードを磨くことを重視していました。
その後、大学2年生だった2024年11月の全日本大学駅伝で6区を担当し、37分39秒で区間3位に入っています。大学駅伝の舞台で実力を示したレースとなりました。
箱根駅伝でも、安原海晴選手は着実に存在感を高めています。
2025年の第101回大会では8区を走り、1時間04分31秒で区間4位を記録しました。
翌年の第102回大会では、予定変更に対応して難所として知られる5区の山上りを担当し、1時間11分38秒で区間7位となっています。
大学での経験を重ねるなか、安原海晴選手は5000mや10000m、ハーフマラソンでも自己ベストを更新してきました。
中学・高校時代のスピードを生かしながら長い距離への対応力も伸ばしており、学生駅伝での活躍が注目されるランナーです。
安原海晴の母親は安原かおり!父親とのエピソードも紹介
安原海晴選手の母親は、安原かおりさんです。
自身も陸上競技の経験があり、地元の陸上スポーツ少年団で子どもたちの指導に携わってきました。
兄弟が競技に打ち込める環境を整え、成長を支えてきた存在として知られています。
母親は陸上経験者で少年団のコーチ
安原海晴選手の母親である安原かおりさんは、陸上競技の経験者です。
地元の「東近江陸上スポーツ少年団」でコーチを務め、幼い頃から陸上に取り組んできた海晴選手や兄の太陽選手を支えてきました。
兄弟が陸上競技に親しむ環境が身近にあったことは、競技を長く続けるうえで大きな支えになったと考えられます。
中学時代から優れた成績を残してきた海晴選手にとって、母親は競技の面でも生活の面でも頼れる存在だったのでしょう。
母親の支えは、練習の指導だけでなく日々の生活にも及んでいたとされています。
食事や栄養面への配慮、けがを防ぐためのサポート、精神面のケアなど、長距離選手として成長するための環境づくりに力を注いできました。
海晴選手は大学進学に際して、母親への感謝と、支えてくれた滋賀の人たちに結果で恩返ししたいという思いを語っています。
競技で結果を出すことだけでなく、支えてくれた人への感謝を大切にしている点も、安原海晴選手の魅力といえます。
父親を亡くした兄弟を支えた母の存在
安原海晴選手の父親は雅廣さんです。
父親も長距離ランナーで、家族でマラソン大会に出場することが、安原家にとって大切な思い出の一つだったとされています。
しかし、兄の太陽選手が中学生、海晴選手が小学生だった頃に、父親は病気で亡くなりました。
父親を亡くした後、母親のかおりさんは兄弟を育てながら、陸上競技に取り組む二人を支え続けました。
仕事や家庭のことに加え、競技生活を送る子どもたちの食事や体調にも気を配る日々は、決して簡単なものではなかったはずです。
安原兄弟が陸上選手として成長してきた背景には、母親の継続的な支援があります。
海晴選手も母親への感謝を公に語っており、大学で競技を続けられることや、駅伝で結果を残すことを恩返しにつなげたいと考えてきました。
箱根駅伝では、沿道で応援する母親の姿に海晴選手が気づいたというエピソードもあります。
兄弟の活躍を近くで見守り続けてきた母親にとって、大学駅伝で力強く走る姿は何よりうれしい瞬間なのかもしれません。
安原海晴の兄は安原太陽!兄弟の絆が話題に
安原海晴選手の兄は、実業団の花王陸上競技部に所属する安原太陽選手です。
兄弟は滋賀学園高校から駒澤大学へと同じ道を歩み、大学駅伝でも活躍してきました。
兄・安原太陽は花王陸上競技部に所属
安原太陽選手は、安原海晴選手の3歳上の兄です。
滋賀学園高校を卒業後、駒澤大学へ進学し、大学卒業後は花王陸上競技部で競技を続けています。
兄弟そろって全国レベルの長距離ランナーとして活躍してきた点が、安原家の大きな特徴です。
太陽選手は駒澤大学時代、2022年度の学生三大駅伝三冠を達成したチームの一員でした。
出雲駅伝では2022年と2023年に5区で2年連続の区間賞を獲得し、大学駅伝で実績を残しています。
ワールドユニバーシティゲームズの5000mでも銀メダルを獲得しました。
海晴選手にとって、兄の太陽選手は身近な目標であり、追い越したい存在でもあります。
兄が大学駅伝の主要区間を走る姿を見てきた経験は、海晴選手自身の成長にも刺激を与えてきたのでしょう。
海晴選手は以前、兄が大学三大駅伝すべてに出場したことが大きな刺激になっていると語っています。
また、将来は兄弟で日本代表として世界の舞台を走りたいという目標も明かしていました。
兄弟で競い合いながら、それぞれの道で競技を続ける姿に注目が集まっています。
箱根駅伝で注目された兄弟給水のエピソード
安原兄弟の絆を象徴する出来事が、箱根駅伝での兄弟給水です。
2024年の第100回大会では、当時大学1年生だった海晴選手が補員としてチームを支え、7区を走る4年生の兄・太陽選手に給水ボトルを渡しました。
翌2025年の第101回大会では、立場が逆転します。
8区を走る海晴選手に対し、駒澤大学を卒業して花王陸上競技部に進んだ太陽選手が、15km地点付近で給水を行いました。
前年とは反対の立場で、兄が弟を支える場面が生まれたのです。
兄からの給水は、海晴選手にとって大きな励みになりました。
太陽選手は残り3区間で復路優勝と復路新記録を狙えるという趣旨の言葉をかけ、海晴選手は力強く応えました。
その後に待ち構えていた遊行寺の坂へ向け、気持ちを高めるきっかけになったと振り返っています。
安原海晴の記録や駅伝成績は?出雲駅伝にも注目
安原海晴選手は、中学時代からトラック競技と駅伝の両方で実績を積み重ねてきました。
大学進学後は全日本大学駅伝や箱根駅伝で主要区間を任され、5000mや10000m、ハーフマラソンでも自己ベストを更新しています。
ここでは主な記録と大学駅伝での歩みを紹介します。
5000mや10000mの自己ベスト記録
安原海晴選手は、1500mからハーフマラソンまで幅広い距離で自己ベストを持っています。
高校時代には5000mで13分台を記録し、大学では長い距離への対応力も高めてきました。
主な自己ベストは、
5000m:13分52秒85
10000m:28分42秒95
となっています。
ハーフマラソンでは1時間01分45秒を記録しており、スピードとスタミナの両方を備えていることがうかがえます。
特に注目したいのは、大学時代に10000mとハーフマラソンで自己ベストを更新した点です。
2026年2月の日本学生ハーフマラソンでは1時間01分45秒をマークし、7月の関東学生網走夏季記録挑戦競技会では10000mを28分42秒95で走りました。
中学時代の1500mで培ったスピードを土台に、大学ではより長い距離でも力を発揮しています。
安原海晴選手の記録を追う際は、単にタイムの速さを見るだけでなく、距離が伸びるなかでどのように競技力を高めてきたかにも注目すると、成長の過程がわかりやすくなります。
全日本大学駅伝と箱根駅伝での活躍
大学駅伝で安原海晴選手が初めて大きな結果を残したのは、2024年11月の全日本大学駅伝です。
6区を担当して37分39秒で走り、区間3位に入りました。大学駅伝デビューで上位の成績を残し、チームの戦力として存在感を示しました。
続く第101回箱根駅伝では、8区を走って1時間04分31秒、区間4位を記録しています。
兄・太陽選手から給水を受けたことでも話題となり、走りだけでなく兄弟の絆にも注目が集まりました。
第102回箱根駅伝では、急きょ5区の山上りを担当したことも大きな話題になりました。
チーム事情による起用変更に対応し、20.8kmを1時間11分38秒で走破して区間7位。
難しい条件のなかで粘り強く走り切り、対応力を示しました。
また、2025年11月の全日本大学駅伝では4区を担当し、11.8kmを34分28秒で走って区間5位となっています。
駅伝の主要大会で経験を重ねてきた安原海晴選手は、トラックの記録だけでなく、チームの流れを左右する駅伝での走りにも注目したい選手です。
出雲駅伝での出走状況と今後の目標
安原海晴選手は、駒澤大学の出雲駅伝エントリーメンバーに名を連ねてきましたが、これまで本戦での出走機会には恵まれていません。
出雲駅伝の開催時期には、出雲市陸協記録会の5000mに出場し、実戦を通じて調整を続けてきました。
2025年9月の東海大学長距離競技会では、5000mで13分52秒85の自己ベストを記録しています。
当時は出雲駅伝の約2週間前という時期で、レースでは余裕を持って走れたと振り返っていました。
練習での余裕度が増したことも、成長を実感する要因になったようです。
海晴選手は、兄の太陽選手が出雲駅伝で2年連続区間賞を獲得した5区を、自分も走りたいと語っています。
兄が活躍した区間への思いがある一方で、全日本大学駅伝や箱根駅伝で結果を残すことも重要な目標です。
2026年10月の出雲市陸協記録会では、5000mを14分18秒16で走りました。
出雲駅伝で走れなかった悔しさを、全日本大学駅伝や箱根駅伝での結果につなげたいという意欲も示しています。
今後は、駅伝本戦でどのような走りを見せるかが注目されます。
安原海晴の転倒アクシデントとは?関東インカレでの悔しさ
安原海晴選手は、大学時代の関東インカレで思わぬアクシデントに見舞われたことがあります。
2024年5月の男子2部10000m決勝で足を負傷し、途中棄権となりました。
懸命に走り続けようとしたものの、悔しい結果に終わったレースとして知られています。
10000m決勝で足を負傷し途中棄権
2024年5月の関東インカレ男子2部10000m決勝で、安原海晴選手はレース中にコースの縁石で足を捻るアクシデントに遭いました。
走行を続けることが難しい状況になり、足を引きずりながらも懸命に前へ進もうとしました。
しかし、負傷した状態で走り続けることは安全面で大きなリスクがあります。
審判員が危険と判断して制止したため、海晴選手は途中棄権となりました。
記録上は完走扱いとはならず、悔しい結果が残るレースとなっています。
競技では、どれほど準備を重ねても予期せぬアクシデントが起こることがあります。
関東インカレでの出来事は、実力を発揮することの難しさと、選手が抱える責任感の大きさを感じさせるエピソードです。
悔しさを乗り越えて成長を続ける姿
関東インカレで途中棄権となった安原海晴選手は、レース後に悔し涙を流したと伝えられています。
名門・駒澤大学の一員として結果を残したいという思いが強かったからこそ、思い描いていた走りをできなかったことが悔しかったのでしょう。
海晴選手はその後、全日本大学駅伝や箱根駅伝で主要区間を任され、トラック競技でも自己ベストを更新してきました。
その後の成績を見ると、安原海晴選手は苦しい経験を経ながらも競技力を伸ばしてきたことがわかります。
2025年には5000mで13分52秒85を記録し、2026年には10000mで28分42秒95、ハーフマラソンで1時間01分45秒の自己ベストをマークしました。
もちろん、記録の更新が関東インカレの経験だけによって生まれたとは断定できません。
それでも、駅伝やトラック競技で挑戦を続ける姿からは、結果が思いどおりにならない場面を経験しながら前へ進む姿勢がうかがえます。
今後のレースでも、安原海晴選手の粘り強い走りに期待したいですね。
まとめ|安原海晴の兄や母親との絆と今後の活躍
当記事では、安原海晴選手の兄や母親、出身中学、駅伝での成績について紹介しました。
安原海晴選手の出身中学は東近江市立船岡中学校で、中学1年生から1500mで大会新記録を樹立するなど、早くから優れた才能を発揮していました。
滋賀学園高校では全国高校駅伝に3年連続で出場し、駒澤大学では全日本大学駅伝や箱根駅伝の主要区間を任される選手へと成長しています。
母親の安原かおりさんは、陸上経験者として兄弟を支え、父親を亡くした後も競技生活を支援してきました。
兄の安原太陽選手は花王陸上競技部で競技を続けており、箱根駅伝での兄弟給水は二人の絆を象徴するエピソードです。
また、安原海晴選手は5000mや10000m、ハーフマラソンで自己ベストを更新し、駅伝でも実績を積み重ねています。
関東インカレでの負傷や出雲駅伝での出走機会など、思いどおりにならない経験もありましたが、挑戦を続ける姿が印象的です。
家族への感謝を胸に走り続ける安原海晴選手。
今後の大学駅伝でどのような結果を残すのか、兄・太陽選手とともに活躍する姿にも注目していきましょう。


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