古賀柚羽の父親・母親は実業団選手!陸上経歴や中学・高校も調査

陸上

高校1年生ながら駅伝で劇的な逆転劇を見せ、注目を集めている古賀柚羽(こが・ゆずは)選手。

古賀柚羽選手について気になるのが、父親や母親の存在ですよね。

実は、古賀柚羽選手の両親はともに陸上競技の経験者とされ、父親は箱根駅伝にも出場したランナーです。

母親も実業団で競技に取り組んでいたといわれています。

そこで当記事では、古賀柚羽選手の父親・母親の名前や陸上経歴、両親との関係について紹介します。

・古賀柚羽の父親・古賀孝志の箱根駅伝出場歴
・母親・古賀幸恵の実業団での陸上経歴
・両親が陸上経験者という家庭環境
・古賀柚羽が陸上で注目される理由

古賀柚羽の父親と母親は元実業団ランナー!

古賀柚羽選手の父親は古賀孝志さん、母親は古賀幸恵さんです。

両親ともに陸上競技に取り組んだ経験があり、父親は東海大学時代に箱根駅伝へ2度出場した経歴を持っています。

母親も九電工の女子陸上部に所属していた元実業団ランナーとされ、夫婦そろって競技経験者という環境が古賀柚羽選手の陸上人生に影響を与えた可能性があります。

それぞれの経歴を詳しく見ていきましょう。

父親・古賀孝志の経歴は?箱根駅伝に2度出場

古賀柚羽選手の父親は、古賀孝志(こが たかし)さんです。

孝志さんは九州国際大学付属高校から東海大学へ進学し、大学時代には箱根駅伝に2度出場した実績があります。

箱根駅伝の公式記録によると、2002年の第78回大会では5区を担当し、1時間20分24秒で区間14位でした。

2004年の第80回大会では10区のアンカーを務め、1時間11分40秒で区間9位という成績を残しています。

大学卒業後は、実業団の九電工に所属して競技を続けたとされています。

箱根駅伝の山登り区間と最終区の両方を経験していることからも、長距離ランナーとして本格的に競技に取り組んできたことが分かります。

古賀柚羽選手が駅伝で見せる粘り強さや勝負強さには、父親の競技経験から受けた影響もあるのかもしれません。

なお、箱根駅伝の公式記録では、孝志さんの出身高校や大学、出場区間とタイムを確認できます。

(出典:東京箱根間往復大学駅伝競走公式サイト)

母親・古賀幸恵の経歴は?九電工の元陸上選手

古賀柚羽選手の母親は、古賀幸恵(こが ゆきえ)さんとされています。

旧姓は東幸恵さんで、現役時代は九電工の女子陸上部に所属していた元実業団選手です。

父親だけでなく母親も陸上競技の経験者という点は、古賀柚羽選手の家庭環境を知るうえで注目したいポイントですね。

東幸恵さんの名前は、九州実業団陸上競技選手権大会などの競技記録にも見られます。

九電工所属の選手として女子長距離種目に出場しており、5000mなどで記録を残しています。

ただし、母親の現役時代の詳しいプロフィールや競技生活については、父親の箱根駅伝記録ほどまとまった情報が公表されているわけではありません。

母親も実業団で走っていた経験があるなら、古賀柚羽選手にとって陸上競技は身近な存在だったと考えられます。

両親が競技経験者という環境は、競技への理解や日々の取り組みを支える大きな土台になっているのかもしれません。

両親から受けた陸上の指導やサポートは?

古賀柚羽選手は、中学校時代から両親の影響を受けながら陸上競技に取り組んできたとされています。

父親と母親がともに実業団で走った経験を持つため、陸上に関する知識や競技への向き合い方を身近で学べる環境だったのでしょう。

特に、走り方や練習への取り組み方について、競技経験のある家族から助言を受けられることは心強いですよね。

一般的に陸上競技では、フォームやペース配分、体調管理など、日々の小さな積み重ねが記録につながります。

一方で、古賀柚羽選手の家庭で具体的にどのような練習メニューを組んでいたのか、食事や栄養面でどのようなサポートを受けていたのかについては、詳しいエピソードが広く公表されているわけではありません。

高校入学後の成長には、筑紫女学園の指導や本人の努力も大きく関係していると考えられます。

古賀柚羽選手の活躍は、両親から受け継いだ競技環境だけでなく、本人が練習を重ねて実力を伸ばしてきた結果ともいえそうですね。

古賀柚羽の陸上経歴は?中距離から長距離へ転向

古賀柚羽選手は、中学時代に800mを中心に取り組み、高校進学後に長距離でも大きく成長したランナーです。

もともと持っていたスピードに加え、筑紫女学園での練習を通じてスタミナを身につけ、駅伝でも結果を残すようになりました。

800mを中心に活躍した中学時代

古賀柚羽選手は、福岡市立高宮中学校の陸上部で競技に取り組み、中学時代は800mを主戦場としていました。

中学2年時の2024年には、全日本中学校通信陸上競技大会の福岡県大会で2分14秒60を記録しています。

さらに中学3年時の2025年8月には、九州中学校陸上競技大会の女子3年800m決勝で2分13秒84をマークし、3位に入賞しました。

全国中学校陸上競技大会にも出場しており、中距離種目で着実に経験を積んできた選手です。

一方、高校入学直後の3000mでは10分を超えるタイムだったとされています。

中学時代から長距離で圧倒的な実績を持っていたというより、800mで培ったスピードを土台に、高校で長距離への適性を伸ばしていったタイプといえそうです。

古賀柚羽選手の中学時代を知ると、高校での急成長がより印象的に感じられますね。

800mで身につけたスピードが、駅伝のような長い距離でどのように生かされるのかも、今後の注目ポイントです。

高校入学後にフォームを改善して急成長

古賀柚羽選手は筑紫女学園高校への入学後、長尾育子監督の指導を受けながら走り方や練習内容を見直していきました。

入学当初はフォームに課題があり、監督からも粗削りな部分があったと評価されています。

特に取り組んだのが、走行フォームの改善と長距離に対応するためのスタミナ強化です。

夏合宿では1日に合計40kmを走る練習にも取り組んだとされ、厳しいトレーニングを重ねながら持久力を伸ばしていきました。

その成果は記録にも表れています。

2026年9月の全九州高校新人陸上競技大会では、3000mで9分21秒94を記録して優勝。

1500mでも4分21秒17で2位に入り、大会新記録をマークしました。

さらに2026年10月17日の鞘ヶ谷記録会では、3000mで9分12秒40の自己ベストを更新しています。

短期間で記録を伸ばした背景には、本人の努力と指導者のサポートがあったのでしょう。

古賀柚羽選手の成長は、今後の高校陸上界でも注目されそうですね。

39秒差を逆転した駅伝での走り

古賀柚羽選手の名前が大きく注目されたのが、2026年11月1日に行われた全国高校駅伝福岡県大会です。

筑紫女学園は主力選手の故障離脱もあり、厳しいチーム状況で大会に臨みました。

最終5区を迎えた時点で、筑紫女学園は首位の北九州市立高校と39秒差の3位でした。

アンカーを任された古賀柚羽選手は、スタートから積極的なペースで前を追い、まず2位の九州国際大付属高校を捉えます。

その後もペースを落とさず、3km手前で首位の北九州市立高校を逆転。

5区を16分23秒で走り切って区間賞を獲得し、筑紫女学園の2年連続30回目となる優勝に貢献しました。

39秒差を覆した走りは、1年生とは思えない勝負強さを感じさせるものでした。

レース前には長尾監督から「1分差くらいでも大丈夫」と信頼を寄せられていた古賀柚羽選手。

本人も自信を持って走ったと振り返っています。全国大会でもどのような走りを見せるのか、期待が高まりますね。

古賀柚羽の中学は福岡市立高宮中学校!

古賀柚羽選手の出身中学校は、福岡県福岡市にある福岡市立高宮中学校です。

中学時代は陸上部に所属し、800mを中心に大会へ出場していました。高校で長距離ランナーとして急成長する前の競技歴を振り返ります。

中学時代の大会成績や800mの記録

古賀柚羽選手は福岡市立高宮中学校に通いながら陸上競技に取り組み、中学時代は800mで実績を積みました。

中学2年時の2024年7月には、全日本中学校通信陸上競技大会の福岡県大会で2分14秒60を記録しています。

中学3年時にはさらに記録を伸ばし、2025年8月の九州中学校陸上競技大会で2分13秒84をマークしました。

女子3年800m決勝で3位に入賞しており、九州地区の大会で上位に入る力を持っていたことが分かります。

また、全国中学校陸上競技大会にも出場した経験があります。

中学時代から全国の舞台を経験していたことは、高校進学後に大きな大会へ挑戦するうえでも貴重な経験になったのではないでしょうか。

一方で、当時の3000mの記録は10分台だったとされています。

中学時代は800mを中心に力を伸ばし、高校入学後に長距離への挑戦を本格化させたことが、古賀柚羽選手の競技歴の特徴です。

中学時代から両親の指導を受けていた?

古賀柚羽選手は、両親が陸上競技の経験者という家庭環境で育ちました。

父親の古賀孝志さんは箱根駅伝に出場した元ランナーで、母親の古賀幸恵さんも九電工の女子陸上部に所属していたとされています。

競技経験のある両親が身近にいたことから、陸上について相談しやすい環境だった可能性があります。

実際に、古賀柚羽選手は中学時代から両親の指導を受けながら競技に取り組んできたと紹介されています。

ただし、家庭で行っていた具体的な練習内容や、父親と母親がどのように役割分担して指導していたのかまでは、詳しく確認できる情報が限られています。

両親が元選手だからといって、すべての技術指導を家庭内で行っていたと決めつけることはできません。

中学時代の経験を土台に、高校では長尾監督の指導を受けて競技力を高めていきました。

古賀柚羽選手の成長には、両親の影響に加えて、中学校や高校での指導、本人の努力が重なっていると考えられます。

古賀柚羽の高校は筑紫女学園!今後の目標は?

古賀柚羽選手が通っている高校は、福岡県の筑紫女学園高校です。

全国高校駅伝の常連として知られる強豪校で、長尾育子監督のもとで練習に励んでいます。

高校入学後に記録を伸ばし、駅伝でもチームを優勝に導く活躍を見せています。

筑紫女学園に進学した理由

古賀柚羽選手が筑紫女学園高校を進学先に選んだ理由のひとつは、全国高校駅伝で走る筑紫女学園の姿に憧れたことです。

都大路を走るチームを見て、自分も筑紫女学園で走りたいと思ったと語っています。

筑紫女学園は、福岡県の高校駅伝で長年にわたって実績を残してきた伝統校です。

全国大会への出場経験も豊富で、高い目標を持って競技に取り組める環境があります。

古賀柚羽選手にとって、憧れのチームに入って競技を続けることは大きな目標だったのでしょう。

入学後は、同じ目標を持つ仲間とともに練習を重ねてきました。

2026年の福岡県大会では、チームの主力選手が故障で離脱する苦しい状況もありましたが、メンバー全員で力を合わせて優勝をつかみました。

憧れて入学した筑紫女学園で、1年生から全国大会への切符をつかんだ古賀柚羽選手。

今度は全国の舞台でチームに貢献したいという思いも強いのではないでしょうか。

長尾育子監督の指導で伸びた実力

筑紫女学園高校で古賀柚羽選手を指導しているのが、長尾育子監督です。

長尾監督は選手の能力を見極めながら、フォームの改善や走り込みを通じて競技力を伸ばしてきました。

古賀選手についても、バネやスピードに優れた素質を評価しています。

高校入学当初はフォームに課題があったものの、練習を重ねるなかで走り方が改善していきました。

夏合宿での走り込みも、長距離に必要なスタミナを身につけるきっかけになったと考えられます。

長尾監督自身は、3000mで8分59秒92という筑紫女学園の歴代最速記録を持っています。

古賀柚羽選手は、その記録を超えて8分台を出すことを目標に掲げているとされています。

福岡県大会では、首位と39秒差がある状況でも監督は古賀柚羽選手を信頼していました。

その期待に応えて逆転優勝を実現したことからも、監督と選手の信頼関係がうかがえますね。

3000mで8分台を目指す今後の目標

古賀柚羽選手が掲げている個人目標のひとつは、3000mで8分台を出し、長尾監督の記録を超えることです。

2026年10月17日には9分12秒40の自己ベストを記録しており、目標に向かって着実に力を伸ばしています。

また、チームとしては全国高校駅伝での入賞を目指しています。福岡県大会後には、全国の舞台で長い距離の区間を走り、チームの順位を上げる走りがしたいという意欲も語っていました。

古賀柚羽選手の強みは、800mで培ったスピードと、高校で身につけてきた長距離への対応力です。

駅伝では前を追う展開でも積極的に走れる勝負強さを見せており、今後さらに経験を積めば、活躍の場が広がる可能性があります。

古賀柚羽選手の今後の成長を楽しみにしたいですね。

古賀柚羽の父親・母親や陸上経歴まとめ

当記事では、古賀柚羽選手の父親・母親や陸上経歴について紹介しました。

父親の古賀孝志さんは東海大学時代に箱根駅伝へ2度出場し、卒業後は九電工で競技を続けた元ランナーです。

母親の古賀幸恵さんも九電工の女子陸上部に所属していた元実業団選手とされています。

古賀柚羽選手は福岡市立高宮中学校で800mを中心に競技に取り組み、九州大会3位などの実績を残しました。

筑紫女学園高校への進学後は、長尾育子監督の指導や厳しい練習を通じて長距離の力を伸ばしています。

2026年11月の福岡県高校駅伝では、5区で39秒差を逆転する走りを見せ、16分23秒で区間賞を獲得しました。

今後は3000mで8分台を目指すとともに、全国高校駅伝での活躍も期待されています。

両親の競技経験に加え、古賀柚羽選手自身の努力と挑戦が現在の成長につながっているのでしょう。

これからどんな記録や走りを見せてくれるのか、引き続き注目していきたいですね。

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